2017年07月22日

葉たばこ畑


愛煙家にとっては何かと肩身の狭い昨今です。

受動喫煙防止の為に飲食店を含む「公共の場所」を全面禁煙にしようという法律案が
国会に提出できない状況ができあがっていいます。

それほど禁煙というのは難しい問題なのです。

新潟市西区の砂丘地は昔は一面の葉たばこ畑でした。
しかし、専売公社が「JT」に変わった頃に葉たばこ生産は割に合わないという判断で
砂丘地での葉たばこ生産は激減しました。

細々と続いている新潟の葉たばこ畑です。


ちなみに越後OYAJIは人生で一度もたばこを口にしたことがありません。
たばこをいたずらしたい年頃にたばこに興味がなかったからです。
成人してからは健康に害があるというのでさわることがありませんでした。

勿論、たばこが全く無くなる社会を望んでいます。
受動喫煙や歩きたばこなどは「もってのほか」と考える人です。

父親はヘビースモーカーでしたが、家族に喫煙者はいませんでした。
結婚してからもたばこには縁がなく、私のこども達も非喫煙者です。
おかげで全員健康ですface02

越後OYAJIは非喫煙者でたばこ撲滅信者ですが、決して「葉たばこ農家」を否定しているわけでは
ありません。各人がどういう経済活動をしようと自由だと考えでいます。
矛盾でしょうか?・・・・

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2017年07月21日

オオミサンザシ


オオミサンザシの青い実です。

秋には真っ赤に熟します。

真っ赤な実はジュースにしたりします。

この実は漢方でもあります。
色々と有用な植物ですねface02





花、青い実、熟した実、ジュース等 楽しみが多い植物です。

多用な植物というのは「お得感」がありますね\(^o^)/

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2017年07月20日

大雨の後で・・・信濃川河口


先日信濃川上流で降った大雨で河口ではこんな状況になっていました。

泥と草木が混ざった濁り水が大量に流れ着いているのです。

関屋分水の河口です。

快晴の真夏の空の下、河口はこんな状況でした。



海水の部分と濁水との境目がはっきりしています。
海水と濁り水の比重の違いで境目ができたのだと思います。


境目のアップです。


関屋分水の水門から海の側(左)                   上流側(右)


本日の新潟市は快晴で高温注意報がでるほどの良い天気でした。

数日前にあんな大雨が上流で降ったなんて想像できないほどおだやかでした。

しかし、河口の景色が二分されるほどの大水が押し寄せているのです。

自然の恐ろしさを改めて感じます。

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2017年07月19日

日野原重明先生召天


2017年7月18日午前に日野原重明先生が天国に召されました。

キリスト者として105年の天寿を全うしました。

医師て゜東京築地にある「聖路加国際病院の名誉院長」です。

明治時代44年に牧師の子として生まれ、7歳で洗礼を受け、
聖書に基づく生き方を全うされた方です。

常に命について考え、臨床で多くの方の命を救ってこられた方です。

「聖路加国際病院」はキリスト教のプロテスタントの聖公会が運営する病院ですが
日野原氏は日本キリスト教団に属するキリスト教徒です。

「聖路加」とは新約聖書の福音書「ルカ伝」を書いたルカという人が医師であった、ということで
その信仰に基づいて設立された病院です。



聖路加国際病院です。


※2枚の画像はインターネット上の画像を使いました。


日野原先生は多くの大きな足跡を残しました。
その中で越後OYAJIが一番影響を受けたのが「はっぱのフレディ」です。
日野原先生はこのこども向けのお話に感銘してミュージカルに仕立てる時に
総合的な役割を果たしました。

私達が産まれ、成長し、死と向き合うまでを象徴的に描いています。

日野原先生の生き方と信仰を理解していただきたくてその全文をここに掲載します。

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★「葉っぱのフレディ」

春はとっくに すぎました。 
 
夏もとうとう すぎました。
 
葉っぱのフレディは、 もうすっかり 大きくなっていました。

からだはつよくて たくましく、 五つにわかれた葉っぱのさきは、

ぴんととがって しゃんとしていました。
 
フレディが生まれたのは 春でした。 背高のっぽの大木の 
てっぺん近くの大ぶりの枝に かわいい新芽を のぞかせました。
 

フレディのまわりには、 数えきれないほど たくさんの葉っぱが 

しげっていました。

「みんな ぼくとそっくりだね」

そう思っていたフレディは、 まもなく 気づきました。

おなじ木から 生まれてきたのに、

みんなそれぞれ どこかが ちがっているのです。 

となりにいるのは アルフレッド。 右にいるのは ベン。 そして 上にいるのは 

かわいい葉っぱの クレアです。 
みんないっしょに 大きくなりました。 

春は そよ風にさそわれて みんなでダンスをおどり、

夏は おそろいで のんびり ひなたぼっこにふけり、

夕立がくると、 みんなでいっせいに からだを洗って、

すっきり しゃっきり さわやか気分で 涼みました。
 

けれども フレディのいちばんの仲よしは、

なんといっても ダニエルでした。 

みんながいる大枝の中で いちばん大柄(おおがら)なダニエルは、

どうやら 生まれたのも いちばん早くて、 

おまけに みんなの中では いちばんかしこそうでした。 

「みんなは 一本の木の 一部分なんだよ」

こう 教えてくれたのは ダニエルでした。

「みんなは 公園で大きくなっているんだよ」

そう教えてくれたのも ダニエルでした。

「みんながいる木には じょうぶな根っこが いっぱいはえていて

地面のおくふかくに しっかりとのばしているんだよ」

これもやはり ダニエルが 教えてくれたことでした。

朝になると みんなのいる枝にやってきて、 

せっせと歌をきかせてくれる 小鳥たちのことや、 

お日さまや お月さまや お星さまや 

うつりかわる季節のことについても、 

ダニエルは いろいろと 教えてくれました。
 
フレディは、 自分が葉っぱであることが だいすきでした。 

自分がいる枝も だいすきだったし、 

身がるな葉っぱの仲間たちも だいすきでした。

自分が空高くにいることも だいすきだったし、 

さわさわと からだをゆすってくれる風も だいすきでした。 

ぽかぽかと からだを温めてくれるお日さまの光も 

だいすきだったし、 ほんわかほの白い光で やさしくそっと

つつんでくれるお月さまも だいすきでした。
 
とりわけ すてきだったのは 夏でした。 

昼間(ひるま)の長い暑さも 心地よかったし、 

ほとぼりの残る夜の暑さも やすらかな 夢路(ゆめじ)へと 

いざなってくれました。
 
その夏には、 たくさんの人が 公園へやってきて、 

フレディのいる木の下に よくすわりました。 

ダニエルは フレディにいいました。

「この人たちの 日かげになってあげることも、 

いつかきみがたずねていた 生きる目標の一つになるんだよ」、と。
 
それはね、 いつだったかフレディが ダニエルに 
こうたずねたことが あったからなんだ。

「ぼくたちは いったいなにを目標にして 生きていったら 

いいんだろうね?」、って。
 

そのときダニエルは、 こう教えてくれたんだ。

「生きたあかしを しめすことだよ。

自分がこの世に生まれて 今ここにいることには 

ちゃんとした意味があるんだなって、 

そう思えるような 生きたあかしをね」、と。

そしてダニエルは さらにつづけて こういったんだ。

「なにか ほかの人のやくに立つようなことをして 

よろこんでもらえるのは、 生きたあかしになるんだよ。 

じぶんの家が あつくるしいからって この公園へのがれてきている

お年よりの人たちに 木かげをつくってあげることも、 

生きたあかしに なるんだよ。 この公園へきてあそべるようにと 

子供たちに 涼しい場所をつくってあげたり、 

この公園に チェック模様のテーブルかけをしいて 

その上で お弁当をたべようかなとやってきた ピクニックの人たちを 

ぼくらの葉っぱで あおいであげるのも、 

ぜんぶ 生きたあかしになるんだよ」、と。
 
フレディがとりわけすきなのは お年よりの人たちでした。 

みんなは、 ひんやりした草むらへ そっとすわると、 

もう ほとんど動こうともせずに、 昔の思い出話を
ささめき合っていました。
 

フレディは 子供たちも だいすきでした。
もっとも彼らはときどき、 フレディのいる木に穴をあけたり、 

自分の名前をほりこんだりする いたずらもしたけれど、 

それでもフレディは、 子供たちのすばしっこく走りまわる姿や 

大声で笑いころげる 元気なようすをながめていると、

とても楽しかったのでした。
 

けれども、 フレディのだいすきな夏は 見る間にすぎてゆきました。
 
そして 夏のなごりが すっかり消えたのは、 

十月の ある夜のことでした。 

いままでに出あったことのないような寒さが 

おそってきたのです。 

葉っぱはみんな 寒さにふるえました。 

白いものが うっすらと みんなのからだ一面を 

おおいました。 それは 朝日にあたると 

たちまちとけて しずくになって 葉っぱをぬらし、

きらきらと 輝きました。
 
こんどもまた、 あれこれと教えてくれたのは、

やはり ダニエルでした。 

みんなのからだにくっついたのは 初霜(はつしも)で、 

これは 秋になったしるしで、 やがて冬がくるよという 
しらせなのだ、 と。
 

ほとんど一瞬のうちに フレディのいる木は まるごと・・・・

おやおや、 よく見ると なんと公園ぜんたいが まるごと 

あざやかに 色づいているではありませんか。 もう、 緑色をした葉っぱなんて、

ほとんどどこにも 見当たりません。

アルフレッドは こい黄色に、 ベンは 明るいオレンジ色に、 

クレアは もえ立つような赤色に、 そしてダニエルは こい紫色にと 

それぞれ すっかり衣がえをしていました。 

そして フレディったら、 なんと  赤・青・金の三つの色で 

すっかり めかしこんでいるではありませんか。 

みんなは、 それはそれはほんとうに みごとなものでした。

なにしろ フレディとそのともだちは、 自分たちのいる木を 

まるで虹のように 染めかえてしまったほどですからね。
 
「ぼくたちは みんな同じ木にいるのに、 どうして 

ちがった色に なるのかな?」  

フレディには どうもふしぎでした。
 
「ぼくらはみんな、 それぞれ どこかがちがっているからだよ。

体験したことも 一人ひとりちがっているし、 

お日さまへの向き方も みんなまちまちだった。
ぼくらのつくる影だって 同じものは ひとつとしてなかっただろう。

だから、みんなそれぞれ 別々の色になったって、

ちっとも 不思議じゃないんだよ」  

ダニエルは 淡々と答えました。 そして、 

「このすばらしい季節は、 秋というんだよ」、と 

フレディに教えました。
 

ある日、 とてもおかしなことが おこりました。

いままで ダンスにさそってくれていたそよ風が、 

葉っぱのつけねを ぐさぐさと ゆさぶりはじめたのです。

まるで 八つ当たりをするみたいにね。 

そのために、 葉っぱのなかには 枝から引きちぎられて

風に舞い、 あちらへ投げられ、 こちらへほうり出されては

ふらふらと 地面に落ちていくものも でてきました。
 
葉っぱという葉っぱは みんな おびえだしました。
 
「いったい、 なにがおこっているんだろう?」

おたがいに ひそひそとたずね合いました。
 
「これは、 秋になるとおきることなんだよ」

みんなにこう教えたのは、 ダニエルでした。

「葉っぱのぼくらが すみかを変えるときが きたんだよ。 

なかにはこれを“葉っぱが死ぬときだ”なんていう人も

いるけどね」
 
「ぼくたちは、みんな死ぬの?」

フレディは もう びっくりぎょうてんです。
 
「そうだよ」、とダニエルが答えました。 「どんなものでも、

かならず 死ぬんだ。 どんなに大きくても 小さくても、

どんなに強くても 弱くてもね。 

ぼくらはまず、 自分のつとめをはたす。

お日さまの光をあびて、 お月さまの光につつまれる。 

風にふかれて、 雨に洗われる。 みんなでダンスをおぼえて、 

みんなで笑う。 そして 死んでいくんだよ」
 
「ぼくは 死なないぞ!」

フレディは きっぱりと言いました。

「きみは どうするの、 ダニエル?」
 
「ぼくは 死ぬよ。 そのときがきたらね」
 
「それは いつくるの?」

フレディは 気が気ではないようです。
 
「はっきりしたことは、 だれにも わからないんだ」

ダニエルは 答えました。
 
フレディは、 ほかの葉っぱがつぎつぎと散っていくのに気がついて、 
ふと思いました。 「きっとこれが 葉っぱの死ぬときなんだろうな」、と。

フレディが見ていると、 なかには けんめいに風にさからってはみたものの 

とうとうふき飛ばされてしまう葉っぱもあれば、

はじめから あっさり手をはなして 

だまって落ちていく葉っぱも ありました。 
 

やがて フレディのいる木には 葉っぱはほとんどなくなりました。
 
「ぼくは 死ぬのがこわいよ」

フレディは ダニエルに いいました。

「死んだあと どうなるのか わからないんだもの」
 
「フレディ。 ぼくらはだれだって、 よくわからないことは 

こわいと思うものなのさ。 あたりまえだよね」

ダニエルは、 フレディの気持ちをやわらげるように いいました。

「でもきみは、 春が夏になっても こわくはなかっただろう。

夏が秋になったときも そうだったよね。 

季節がかわるのは 自然のなりゆきなんだ。

だから、 いつの日か ぼくらが死ぬ季節というのが やってきたとしても 

こわがることなんか ないんだよ」
 
「ぼくたちがいるこの木も 死ぬのかな?」

フレディは たずねました。
 
「いつかはね。 でも、 この木より もっと強いものがあるよ。

それは いのちなんだ。 いのちは 永遠(とこしえ)につづくんだ。 
そして ぼくらはみんな その いのち の一部分っていう わけなのさ」
 

「ぼくたちは、 死んだら どこへ行くのかな?」
 
「はっきりしたことは だれにも わからないんだよ。

なにしろこれは 昔から、 とっても大きな なぞなんだから」
 
「ぼくたちは、 春になったら またここへ 

もどってこれるのかな?」
 
「ぼくらは だめかもしれないね。 でも、いのちはまた

もどってくるだろう」
 
「じゃあ なんのために こんなことが おこっているの?」

フレディは さらに たずねつづけました。

「ぼくたちは けっきょく、 落ち葉になって死んでいくだけだけだとしたら、
じゃあいったい なんのために この世に生まれてきたんだろう?」


 

ダニエルは、 いつものように 淡々と答えました。

「お日さまや お月さまだって、 生まれてきても いつかは 
消えていかなくっちゃ ならないんだ。 みんなで いっしょにすごす 

しあわせなひとときだって そうなんだ。

木かげや、 お年よりや、 子供たちだって、 そうなんだ。

秋のあのあざやかな色どりだって そうなんだ。

春、夏、秋、冬の季節だって、 そうなんだ。

どれもこれも、 昔からぜんぶ、 ずっとそうだったんだ。  

さあ、 これだけいうと もうわかっただろう」
 

その日の夕方、 金色の夕日をあびながら、
ダニエルは そっとしずかに 枝をはなれていきました。

そして 落ちる間じゅうもずっと、

おだやかにほほ笑んでいるように 見えました。 

「それじゃあ またね、フレディ」

ダニエルは そう言いました。
 

こうしてフレディは、 一人ぼっちになりました。

あの枝にのこっている たった一枚の葉っぱでした。
 
つぎの朝、 初雪がふりました。 やわらかで、おだやかで、

まっ白な雪でした。 でも、 なんと冷たいのでしょう。 

その日 お日さまはほとんど顔をださず、 早くから

日が暮れました。 フレディは、 自分のからだが色あせて、

もろくなっていることに 気づきました。 

気温は まったくあがらず、 フレディは 雪の重みを

ひしひしと感じました。
 
明け方に 風がふいて、 フレディはとうとう

枝から引きはなされて しまいました。 でも、 フレディは
ぜんぜん いたくはなかったのです。

フレディには、 自分のからだが すーっとういて、

それから ゆっくり ふわーっと 下に落ちていくのが 

自分でもわかりました。
 

落ちるとちゅうで フレディははじめて見たのです。
自分が生まれそだった木の、 そのまるごとの姿を。

なんとつよくて 丈夫そうなのでしょう。

「これならきっと、 うんと長生きしてくれるぞ」

フレディは そう思いました。 そして、 

「ぼくはやっぱり この木の一部分だったんだ」

そうわかると、 誇らしく思えてきたのでした。
 

フレディが舞い落ちた先は、 雪だまりの上でした。

そこは なぜだかやわらかくて、ぬくもりすら 

感じられました。 こんなに居ごこちのいいところは、

はじめてでした。
フレディは 目をとじると、

永遠(とわ)の眠りにつきました。

 

 

ところでフレディは、 冬のあとには春がきて、

雪がとけると水になるなんて、 ちっとも知らなかったのでした。

また、 まったくの役立たずのようにみえる 自分のひからびた

からだでも、 やがては土にかえって 水にとけ、 

自分が生まれそだったあの木を いっそうじょうぶにさせる 

役目をはたすのに、 そんなことも フレディはまったく 

知りませんでした。

ましてや、 自分がいた木や 地面の中では、 

春になったら 若葉をいっぱい芽ぶかせる準備が

すっかりととのっていて、 冬の間じゅう 

じっと静かに出番をまっていたなんて、 

フレディには とてもわかりっこなかったのでした。

おわり。
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日野原先生は今天国からこの世をどのように見ているかな。。。

日野原語録で私が一番関心があるのが・・・・

(安全保障関連法に)
「私は絶対に反対です。日本国憲法の精神は、聖書の精神に非常に似ているところがある」
(2015年9月104歳になるを前に開いた記者会見で)

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2017年07月18日

梅雨時末期の大雨


新潟で毎年繰り返される梅雨末期の大雨が降っています。

中越地区で線状降雨帯がはびこり大雨が降っています。

現在テレビでは三条市や燕市の被害の状況を伝えています。

三条市では先日、過去に大被害になった「福島・新潟豪雨」の慰霊式を済ませたばかりです。
その後すぐに今回の大雨です。
とても心配です。

新潟市は昨夜から時折強い雨が降りましたが、特別なことはありません。
越後OYAJIの家は信濃川に近いのですが、水量が増していることは想像できますが
見に行くことはありません。危険だからです。

昨日は「海の日」で海遊びに最高の日でした。しかし、本日は海も危険です。

注意できるところは全て注意したいものです。

本日の写真。

夏風景です。

新潟バイパスに絡まってのびている「蔦」です。
キラキラと輝いています。




こちらはアベリアです。


新潟パイパスに沿って並木になっています。誰かが植えたものでは無いと思います。
長い時を経て自然に育ったものだと思います。勿論、手入れなどしていないので
低木で街路樹のイメージのアベリアが天に向かって雄々しく花を咲かせています。


アカシアが莢をつけています。マメ科のアカシアは莢をつけて、莢の中に豆をつくります。




夏風景はおだやかです。
しかし、自然はちょっとしたことで猛威をふるいます。

今回の大雨で人的被害などが出ず、困る人がいないように祈るばかりです。

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2017年07月17日

夏の花


夏の花

アルストロメリアとグラジオラスです。

どちらも真夏の新潟で特別目立つ存在です。

アルストロメリアは南米原産で昭和の初期に日本にやってきました。
別名を「ゆりずいせん」といいます。
普段私達がみる花はほとんどが園芸用に改良されたもので美しく咲いています。
花言葉は
「華奢」「凛々しさ」「柔らかな気配り」

アルストロメリアです。




こちらはグラジオラス。
別名を「唐菖蒲(とうしょうぶ)」と言います。名前の通りショウブの仲間の花です。
すっと立ち、天空をめざすかのような姿はとても印象的です。
花言葉は
「用心深い」「たゆまぬ努力」

グラジオラスです。


真夏の越後新潟。。。色々な花々が咲き誇っています。。。

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2017年07月16日

東京大学④


越後OYAJI東大食堂でラーメンを食す。

東京大学の構内には数か所の学食があります。

今回もいつもの中央食堂でラーメンを食べました。

ラーメンは学食の定番。なんとなくいつも学食ではラーメンを食べてしまいます。

東大の学食は東大の生協が運営しています。それ故に誰でも利用できます。

これはどこの国立大学でも一緒です。

東大学食は豊富なメニューを揃えています。
セットメニューも多く、月替わりメニューは栄養面でも優れていて、東大で学ぶ方々の
頭脳や健康にとても良いメニュー構成になっています。

また、お遊び的に「赤門ラーメン」というネーミングのものも存在します。

越後OYAJIはこれもいつものパターンで「味噌ラーメン、360円」を食べました。

東大学食の味噌ラーメンです。
冷凍麺をお湯でとかして、スープに入れるという誰にでも作れる学食のパターンです。


アップです。


この学食は大きな食堂です。400席あります。


越後OYAJIは新潟大学の学食もよく利用します。
そこでも食べるのはほとんどがラーメンです。

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2017年07月15日

夏の新発田城


県北に用事があって出かけました。

その帰りに久しぶりに新発田城を訪れました。

新発田城と言えば桜の季節がとても素晴らしく、春に訪れたことは何度もあります。

夏の新発田城を見るのは久しぶりです。新発田行くことはあるのですが、新発田城を
真夏に写真に収めたのは初めてかもしれません。

緑の木々に囲まれ立派な威容の新発田城です。





ふと足下をみると新発田市のマンホールです。
新発田城は別名「あやめ城」です。
新発田のマンホールはその「あやめ」をデザインしたものです。


その後国道7号線を離れて、月岡温泉の方に向かい帰宅しました。
新発田市内でも旧豊浦町の地域のマンホールの蓋です。
マンホールの蓋のデザインは地域性があって面白いですね。


久しぶりに見た新発田城。。。。
何故か新鮮な感動がありましたface02

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2017年07月14日

カラフルな車両


暑い日が続きます。

連日の猛暑ですが、何故か私は元気です\(^o^)/

昨日は完全オフでした。いつものようにママチャリで出かけました。

ギラギラと輝く太陽の下、自転車で走るのはとても気持ちがよいです。

半袖シャツと半ズボンとスキンヘッドです。身体の露出を多くして、灼くようにしています。

自転車で走る時は熱中症に気をつけています。
麦茶を1.5㍑x2本持って出かけます。食塩も持参します。ぬれタオルを首に巻いています。
昨日も猛暑の中で外にいたので用意した合計3㍑の麦茶を飲み干しました。
弁当も持参します。お腹がすいては暑さに勝てないからです。。。。

色々と対策をして夏の景色や夏の花を楽しみながら自転車行を楽しんでいます。

東区の紫竹踏切を通りかかった時にとてもカラフルな車両を見つけたので写真に。。。







越後OYAJIは「撮り鉄」でも「乗り鉄」でもありません。
しかし、電車が走っていると思わず写真を撮ってしまいます。

電車撮影で一番好きなシチュエーションは田んぼの中を一両だけで走る電車です。
これは絵になりますね(^o^)

本日も暑い一日になりそうです。皆さん体調には充分お気をつけください。

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2017年07月13日

睡蓮(スイレン)


すいれんが咲いています。

池の水面に浮くように咲いています。独特の花の様子に魅了されます。

この花に一番大きな影響を受けた人物といえば、フランス印象派画家の「モネ」でしょう。

モネの連作である「睡蓮の花」は日本人にもっとも知られた西洋絵画の一つといっても
言い過ぎではないでしょう。

モネは日本文化に傾倒していて特に「浮世絵」に影響を受けたそうです。
その技法と自らの感性を融合させて「睡蓮」を描きました。

「モネの睡蓮」が日本人に受け入れやすいのはそういう事情があるようです。

庭に池を作って山水の様子を楽しむというのを日本人は大好きです。
平安の昔から、日本人は邸宅に池を作ってきました。池には魚がいて、その周りには
花や緑を配するという独特の日本庭園を作り上げました。
しかし、池の中に咲く花というのはありませんでした。
日本に元々あった水の上に咲く花は「未草(ひつじぐさ)」位でした。
未草とは食べる「ジュンサイ」のことです。ジュンサイの花も睡蓮にそっくりです。
その後、日本庭園に睡蓮というのも日本文化のひとつになり、モネに影響を与えたのです。
モネは喜んで日本庭園風の庭を自宅に造り、そこで睡蓮にぞっこん惚れて描き続けたのです。

新潟市内の池に咲く睡蓮です。






天才とは「天賦の才」を与えられ、一つのことに集中して独特の世界観を作り出す人をいいます。
モネは絵画の天才です。そしてこの花に魅了され、描き続けたというのも納得できるのです。

睡蓮は7月10日の誕生花です。

花言葉は「心の純潔」「純情」「信頼」などがあります。

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2017年07月12日

桃の実


新潟の桃、順調に生育しています。

南区で早生品種の出荷がはじまりました。

今月中に旬を迎えます。お盆の前あたりが最盛期でしょうか。9月まで収穫が続きます。

今年は雨が少ないので特別甘い桃がとれるかもしれません。

写真は裸の桃の実ですが、出荷用には袋掛けがしてあり保護されています。

順調に育っている新潟の桃です。






新潟市の桃の主産地は南区です。

新潟市南区白根地区で撮影

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2017年07月11日

さくら像


寅さんを見送る「さくら像」です。

東京葛飾の柴又駅前に寅さんの妹「さくら」の像ができました。
2017年3月25日に除幕式が行われて、現在に至っています。

往年の国民的映画「男はつらいよ」
葛飾柴又出身の「フーテンの寅」、地元葛飾と地方各地でおこす騒動を寅の恋愛事情を
中心に展開していく喜劇です。主人公はフーテンの寅ですが、脇役というよりほとんど二人主役の
妹であるさくらを中心にしてドラマが展開されていきます。

そのさくらの像が縁の葛飾柴又駅前にできたのです。







台座に「見送るさくら」と書かれています


山田洋次監督による物語の一端です。
以下のように書かれています。

-ある別れ
さくらは失恋して旅に出る寅を駅まで
見送ることにする。
「いいんだよ、忙しいんだろ、お前」と
言いながらもその思いやりが
みにしみるほど寅は傷ついていた
駅前でさくらは立ち止まる
「それじゃお兄ちゃん身体に気をつけてね」
「あゝ」と無造作にうなずいて駅舎に
向かう寅の足がふと止まりふり返る
「おい」
「なあに」
「満男に一生懸命勉強しろと言っとけよ」
「うんわかった」
乱暴な口調で言いすててスタスタと
改札口に向かう寅
さくらは踵を返し、秋の終わりを思わせる
冷たい風が吹く中を家路につく

二〇一七年三月 山田洋次



二人の位置関係です。間隔は約7mです。
振り向く寅、見送るさくらです。




おなじみの寅さん像です。


寅さんを演じたのが渥美清さん、さくらを演じたのが倍賞智恵子さん。
ふたりとも国民的スターです。

越後OYAJIは「男はつらいよ」という映画の大ファンです。
貸しDVDで過去の作品を繰り返し見ています。懐かしい日本の原風景があまた見えます。
まさに昭和です。。。。

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2017年07月10日

トンネル栽培と露地栽培


暑い暑い暑い・・・
暑くて息苦しいようぅぅぅぅぅ

本日の新潟市中央区は朝から晴天。、気温はぐんぐん上がり、
最高気温は32.3℃ありました。現在でも外気温は27℃あります。
室温は30℃以上あります。クーラーを適切に使用しないと息苦しさから逃れることができません。

九州北部では信じられないほどの豪雨で大被害が出ています。
それとは逆に関東甲信越や北陸、東北では雨が少ない梅雨になっています。
北海道では猛暑が続いています。

いったい、日本列島はどうなっているのでしょう?

夏と言えば冷たく冷やしたスイカです。

新潟市ではスイカの出荷が最盛期です。

スイカの栽培は「ハウス栽培」「トンネル栽培」「露地栽培」などがあります。

「ハウス栽培」はビニルハウスで重油などを焚き、寒い時季でも温度調整して栽培する方法。
「トンネル栽培」は畑地をトンネル状にビニルで覆い、そこで野菜や果物を栽培する方法。
「露地栽培」は畑でそのまま栽培する方法。。。。

トンネル栽培と露地栽培の様子を写真に収めました。

スイカとメロンの栽培用トンネルです。


スイカです(左)        メロンもこのように栽培していますアールスメロンです(右)


こちらはスイカの露地栽培。太陽をたっぷり受けて育ちますが、形が不揃いになりやすく
見た目での商品価値が下がりがちです。味が良いので人気は高いです。。。。


農家の方は色々工夫して栽培しています。頭が下がります<(_ _)>

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2017年07月09日

ランチパスポート新潟


ランチパスポートをご存知ですか?
この本を提示すると、本に掲載されているお店の商品が500円になるのです。

仕組みはこうなっています。
本の発行元は飲食店に掲載を呼びかけます。飲食店は掲載を決めても掲載料はありません。
いわば広告料が無いのと、同じです。
飲食店は700円~1000円位の商品を500円で提供します。商品によっては原価割れもあります。
お客はこの本を980円で購入します。掲載店で掲載商品を3度まで500円で食べることが
できます。発行元は980円の雑誌が多くの人に売れる。広告料がなくてもそれなりの利益がある。
店側は広告料がかからずにより多くのお客を集めることができる。
利用者は少し高い980円の雑誌を買うことにより、いままで利用したことの無い飲食店等で
500円で食事ができる。これは「3方一両得」という落語に出てくる話のようです。

お店によっては「ランチ=昼食」と銘打っているのに夕方まで利用できたりします。

色々お得なランチパスポートです。







お店によっては、写真に掲載されている商品より劣った商品を出すところもあります。
どうせ安いのだから・・・・ということらしいです。
そういうお店は厳しい飲食市場(いんしょくしじょう)から自然に淘汰されるでしょう。
飲食業界は厳しい世界ですね。。。

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2017年07月08日

くちなしの花


新潟市内では各所でクチナシの花が咲いています。

白い花と人の気を惹く素晴らしい芳香が特徴です。

クチナシはアカネ科クチナシ属の常緑低木です。

クチナシの香りは遠くからでも風に乗って漂ってきます。
この甘い香りはなんと形容してよのかわからない、心を浮立たせる香りです。

クチナシの花は日本三大芳香花とされています。
春の「沈丁花」夏の「くちなし」そして秋の「キンモクセイ」です。いずれも甘い独特の香りです。

新潟市内で咲いてるクチナシの花です。






クチナシの花言葉

「私は幸せ者」「喜びを運ぶ」「優雅」などがあります。

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2017年07月07日

たなばた


2017年7月7日
本日は「七夕」です。
夏の夜空に広がる「天の川」 その両岸に「織り姫」と「彦星」
年に一度だけ逢うことが許される日。それが今日7月7日です。

こういう物語をこどもの頃に知りました。
現在の「たなばた」は中国の伝説や日本の習俗などが色々と組み合わさって
成り立ったものだそうです。
こういうのは、例えば「お盆」の行事なども同じですね。仏教という宗教と古来からの習俗が
合体して長い期間を経てこんにちの形になっています。

私がこどもの頃は旧暦の7月7日(8月7日)が七夕でした。夏休みのこども行事でした。
小学校の低学年の頃は短冊を書いたりしたものです。
少し大きくなると、そんなことも忘れて、夏の遊びである「花火」に夢中になったものです。

昨日新潟市南区で大きな笹竹を引きずっている小学校低学年の女の子とお婆さんに出会いました。
竹林から切り出してきたのでしょう。今日はきっとたくさんの願い事を短冊に書いて
その竹に飾っていることでしょう。

本日はよい天気でした。現在の新潟市上空は晴れています。
天川と「織り姫」「彦星」が見えるはずです。お月様も満月の一歩手前です。

天気がよかったので夕日がきれいでした。

信濃川の右岸で撮影しました。






九州では大雨で大被害が出ています。「大雨特別警報」などいうのが発せられて
驚きました。まだ孤立して救助を待っている人がいるそうです。
一日も早く収束して少しでも、少しずつでも復興することを祈ります。

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2017年07月06日

四葉-[むかし胡瓜?]


四葉(すーよー)と言う名前の胡瓜です。

写真は収穫後すこし時間がたってから写していますが、とれたては「イボイボ・トゲトゲ」です。
昔の胡瓜はこんな胡瓜でした。スーパーで売っているのとは見た目がずいぶんと違いますね。

現在、私達が一般的に目にする胡瓜は分かり易くいうと「かぼちゃ」なのです。
カボチャと胡瓜のハイブリットです。
何故?、そんなものを食べさせられているかというと。。。

半世紀ほど前までは農薬の使用というのは随分とゆるい規制でした。害虫駆除などは
農家の仕事を楽にさせてくれて、農家にとってはとても有用なものでした。
しかし、まさに半世紀前頃から、農薬の「害」の研究が進み、その害毒を広く人々に
知らせるようになりました。そんな時に胡瓜に使っている農薬が身体に悪いのではないか
と言う動きがありました。サラダや漬物に生食する胡瓜です。表面に農薬が残っているような
食べ物は「あぶない」と流布されたのです。
しかし、胡瓜の表面に農薬などは残っていませんでした。
農薬だと思っていた表面の白い粉状のものは、実は「ブルーム」といって胡瓜の「自己保存能力」
から発する物質でした。胡瓜そのものは実です。その中に種があるわけでして、その種で
子孫を増やしていくのです。胡瓜という実を守るために必要なのが「ブルーム」なのです。

このブルームが農薬の残留したものではないかと誤解されました。
そこで生まれたのが「ブルームレス胡瓜」です。表面にブルームが出ない品種を作り出したのです。
カボチャの苗木に胡瓜を接ぎ木して作り出しました。表面はツルツルしています。
勿論ブルームは出ません。見た目は安全な胡瓜です。
この胡瓜をさらに改良して収量も多く、品質管理が容易で、流通に向くものを作り上げたのです。
それが私達が日頃目にしている胡瓜です。

もう一つ大切なことを書いておきます。
現在使われている農薬は「安全」です。安全とは科学的に検証して「危険度=リスク」が
極限まで低いということです。リスクが0ということはあり得ません。それは非科学的なことです。
現在使われている農薬は「ポジティブリスト」というのに挙げられている、使っても良い農薬です。
反対に「ネガティブリスト」もあります。それは使ってはいけない農薬のリストです。
食品安全委員会は常に農薬の安全性を科学的に検証しつづけています。
しっかりとした学者や研究者が科学的視点でみています。そのお墨付きが「ポジティブリスト」です。
ですからスーパー等で販売されている野菜は安全といっても良いのです。
安全なので安心して食べることができます。

さらに書き添えなくてはいけないのが「放射線汚染」の野菜の問題です。
未だに福島第一原発の事故後の風評被害が続いています。
現在流通している国内(福島や東北各県のものを含めて)の野菜は安全です。
放射線汚染の問題はありません。特に風評被害に逢っている福島の野菜や米などは
全量検査をしています。勿論、検査前でも基準以下なのですが、さらに検査をしっかりしてから
流通しています。食品安全委員会や厚生労働省が確実に検査して安全を確認しています。
わけのよからない風評に惑わされたくないものです。

さて写真の「四葉(すーよー)」という胡瓜は昔ながらの胡瓜です。
形も悪いのですが、皮が柔らかく、生食や漬物にするとその本意を発揮します。
味も勿論昔ながらの胡瓜です。
あまり流通に向かないので、大量に生産されているわけではありません。
ほとんどは農家の方が自家用に栽培しているようです。

とれたては「痛い」ほどトゲトゲでした。少し時間が経ってから撮影したものです。


表面の接写です。ゴツゴツしているように見えますが、皮は柔らかいです。漬物向きです。


一番下が比較用においた一般的なブルームレス胡瓜です。


ブルームレス胡瓜はカボチャの遺伝子を受け継いでいるので皮が固いです。
四葉は比べものにならないほど柔らかいです。
しかし、普通の胡瓜の名誉の為に書きますが、皮が固く「食感が良い」という好評価も
もちろんあります。

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2017年07月04日

つけ麺特盛り


越後OYAJIおなじみの麺屋「しゃがら」です。
今回はつけ麺です。

麺は「特盛り」にしました。20円増しで特盛りにできます。
しかし・・・・この麺の量は、なんと。。。450gあるのです。「熱盛り」です。



麺の特盛りです。極太麺の450gはさすがに食べ応えがあります(^_^;)


つけたれです。たっぷりと色々な具が載っています。あっさりとした味です。
つけ麺と言えば「超濃厚」をイメージするのですが、しゃがらのつけだれは意外とあっさりです。


完食しました\(^o^)/
大食いの越後OJIJIですが、さすがに全部食べきったところで「ふぅ~~」と息をつきました。


しゃがらのつけ麺780円です。今回は麺を特盛りにしたので20円増しの800円でした。

いつもながら美味しくいただきました。

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Posted by 越後OYAJI at 21:35Comments(2)

2017年07月04日

大切な日-7月4日


2017年7月4日。
今日は大切な記念日。。。。

1957年7月4日は昭和32年7月4日だった。
この日に「生を受けた」ひとは今年で60歳。還暦のはずだった。
干支を5回まわるのを「還暦」という。この日を迎えさせてあげたかった。。。。

お花が好きで、地域がすきで、人が好きで、自分を押しころしても他人の役に立とうとした。
欲がなく、粗食を旨とし、贅沢を好まなかった。衣服のセンスが良く、それを仕事にもした。
手先が器用で、絵を描くのや彫金を趣味としていた。こども達の為に多くの作品を残した。
私達の心に多くのものを残してくれた。そんな人だった。
大切な大切な大切な人。。。神様に愛されたからこそ。。。
その人はきっと天使だったのだろう。

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2017年07月03日

アンズ


アンズの実が熟しています。完熟すると落果します。

アンズ色という独特の黄色が美しいです。





アンズは漢字で書くと「杏」または「杏子」です。
ヒマラヤ西部が原産ですが中国・アメリカ・ヨーロッパなどでも栽培されています。
英語では「アプリコット」です。沢山の品種があります。
国内の大産地は山梨県です。

アンズと新潟の関係では、なんとアンズの品種に「新潟大実」というのがあります。
昭和初期から栽培されているそうです。
しかし、新潟では農家で自家用に栽培しているところが多いようです。
新潟ではアンズと似ていても商品価値の高い「桃」の生産に力を入れたのだと思います。

写真のアンズは新潟大実かもしれません。7月上旬に完熟する大実の品種です。

アンズの実は生食します。またドライフルーツにしたりします。ジャムもありますね。
シロップ漬けは人気ですね。菓子パンにのっていたりします。

アンズの種の仁は「杏仁(あんにん)」です。そうです「杏仁豆腐」のアンニンです。
中華デザートの「杏仁豆腐」は実際にはアーモンドの粉を使うそうです。
アーモンドも桃とかアンズの仲間の植物です。

さて漢字の「杏」または「杏子」です。
「杏子」と書いて「きょうこ」という名前の人がいます。「杏」は「きょう」とも読みます。

「杏林大学」とか「杏林製薬」というので使っている「杏」は「きょう」と読みます。
この「杏林」という言葉は医師の尊称であることをご存知ですか?

★<杏林(きょうりん)>の故事
    「神仙伝」
 中国古代、呉の国に
 董奉(とうほう)という 
 仁医がいて、
 貧乏人からは治療代金をとらず、
 かわりに症状の軽い患者には
 杏を一株、   
 重病者には杏を五株植えさせた。
 数年にして
 家のまわりに杏の林ができた。
 それ以来、
 「杏林」は医者の尊称となった。

というのです。「杏林大学」や「杏林製薬」など医師養成や医学・薬に関係あるところが
この医者の尊称を自らに用いたといのはよくわかるような気がします。

私達夫婦の所謂仲人さんは、内科医でした。まさにこの呉の国の仁医と同じでした。
貧乏人からは治療代をとらず、昼夜を問わず往診に出かけ、何時寝ているのだろう?という方でした。
機械など使わなくても触診や問診で色々な病気を見つけ出し、多くの人の命を救ってきました。
名医でした。現代的に言えば「総合診療医」だったのです。多くの方から尊敬された方でした。
何故? 新潟市はこのような素晴らしい方を「新潟名誉市民」にしないのか。。。
越後OYAJIにはとても不思議です。ただこのお医者様は「新潟名誉市民」ですよ。などと言われても
「とんでもないことです、私にはそんな資格すらありません」とおっしゃることでしょう。
本物とはそういうことだと思います。越後OYAJIはだからこそ栄誉を顕彰したいのです。

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