2015年03月13日
越後OYAJI 「ちらし寿司」を食す
越後OYAJIのこんな物食べていますシリーズです。
ちらし寿司を作って食べました。
事前に「寿司酢」を作っていたのですが、
すっぱい臭いが家中にただよい家人から顰蹙をかいました
寿司飯を用意しました。人参・カンピョウ・椎茸を事前に煮てそれを混ぜました。
煎りたまごを作りました。糖蜜を入れて甘くしっとりと作りました。
寿司飯にでんぶ、煎りたまごを飾ります。
切り海苔をのせれば完成です。写真は3~4人前です。取り分けていただきました
寿司飯用のごはんは古米を使います。その方が寿司酢の入りが良いからです。
今回は「越いぶき」の古米を使いました。おいしかったです。幸せですね。
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Posted by 越後OYAJI at
21:28
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2015年03月13日
行不由徑(こうふゆけい)
行不由徑(こうふゆけい)-行くに小径に由らず。
道(人生)を行くには、せこせこと小道や裏道を通らずに堂々と
表通りの大道を歩みなさい。という意味です。
新潟県を代表する大漢学者の諸橋徹次博士の座右の銘です。
三条市下田地区に諸橋徹次記念館があります。
この言葉は記念館の表に掲げられています。
小人であり、小市民の越後OYAJIはどうしてもせこせこした生き方をしてしまいます。
大道を歩む人生などは諸橋博士のような学を極めた方でないとできないと思っていました。
しかし、色々なことで諸橋先生の業績に接していくと、実は先生は「血がにじむような」
努力を重ねたということを知りました。
最高の努力があるので大道という道が見えてくるのだと思います。
三条市下田の諸橋徹次記念館
先日新潟県立図書館で諸橋博士の大業績である「大漢和辞典」(大修館)で調べ物をしてきました。
この辞典を作るためにとんでもない努力をしたのだと思うと、自分が情けなくなりました。
せめて、私もこの言葉を繰り返して「大道」を見いだしたいと思います。
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15:44
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2015年03月13日
昭和時代の広告看板
最近見捨てられています。
昭和時代ではこの手の広告手段しかなかったといっても過言ではありません。
随分と有効な広告手段でした。最近はほとんど見かけません。見捨てられています。
鉄板にペンキで描き、板塀に釘で貼り付けるのです。
鉄板ですから当然錆びます。風雨に曝されペンキは剥げます。
越後OYAJIのような奇人が記録しておかなければただの屑になってしまいます。
懐かしいような悲しいような・・・・
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昭和時代ではこの手の広告手段しかなかったといっても過言ではありません。
随分と有効な広告手段でした。最近はほとんど見かけません。見捨てられています。
鉄板にペンキで描き、板塀に釘で貼り付けるのです。
鉄板ですから当然錆びます。風雨に曝されペンキは剥げます。
越後OYAJIのような奇人が記録しておかなければただの屑になってしまいます。
懐かしいような悲しいような・・・・
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