2016年06月16日

6月16日という日


本日は2016年6月16日(木)です。

この日は越後OYAJIにとって不思議に縁のある日なのです。



まず6月16日は「新潟地震の日」です。
この日、越後OYAJIは新潟に住んでいませんでした。
しかし、親戚が多く新潟に住んでいて、その被害の大きさは父母を通して
聞き及んでいました。大変な被害のあった新潟地震は今から52年前のことです。

また6月16日は私が運転免許証を取得した日です。

さらに6月16日が誕生日の二人の恩人がいます。
今、私が生きていることができるのも、このお二人がいてくれたおかげです。
感謝しても感謝しきれないお二人です。

本日は色々な記念日でもあります。

越後OYAJIにとってはとてもうれしいのが本日は「和菓子の日」であるということです。
http://www.wagashi.or.jp/wagashinohi/

和菓子大好きです。特に小倉あんを使ったものが好きです。あずき大好き\(^o^)/

6月16日は
■麦とろの日
■無重力の日
■ケーブルテレビの日

なにかと思いがつのる6月16日です。

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Posted by 越後OYAJI at 19:56Comments(0)

2016年06月16日

桝添要一という人


色々な意味で残念でした。

桝添要一氏のことです。



政治家だとか、東京都知事だとかいうことを問題視されたのではないでしょう。

人としての「基本」ができているかという問題だと思っています。

世の中には社会的地位が高くて、周りから「ちやほや」される人はいっぱいいます。
学歴も高く、収入も多い。子供の頃から学校の成績は一番。
親・兄弟姉妹・親戚縁者から「末は博士か大臣が・・・」と言われた「秀才」は数知れないでしょう。

しかし、その中で「人としての基本」をしっかりと持ち合わせた人はどれほどいたでしょう。

人としての基本とは
「人を大切にできる」ということ。
自らをすてて「他人の命を守ることができる」ということ。
自らを「鏡に写して客観視できる」ということです。

人は「生かされて」生きているのです。
生きるということは「他人を生かす」ということなのです。

それが人としての基本です。

桝添さんという人は、たいへんに優秀な秀才ではあります。
しかし、失礼ながら人間としての基本ができていなかったのです。

それが今回の騒動の全てです。

人としての基本をわきまえていれば、周りが不思議と擁護してくれるものです。
今回の騒動で「元新聞記者で出版社社長」なる謎の人物が登場しました。
この人がマスコミや議会で多いに取り上げられ問題になりました。
もし、この方が桝添氏を擁護する気があれば、自ら名乗り出たり
何らかの形で当人が特定できるはずです。
それが一切名前が出てこなかったののは存在が「幽かなる者」であるからでしょう。

嘘は一度つくと「連綿」とつづきます。
人としての基本ができていれば、こんなことにはならなかったでしょう。

さて、桝添氏にも言い分があると思います。

それを忖度すると。。。。
マスコミや全ての選挙で選ばれた議員や首長で、政治活動に関する金で
人のことを言える輩はいるのかい?
あいつだって、そいつだって、誰も彼も黒や灰色だろう。
自分だけが「とやかく言われる筋合いは無いわい」と思うことでしょう。

こういう言い訳を自らにぶつけるところが「人としての基本」がに欠如していると言うのです。

自らをもう一度鏡に写してみると良く分かると思います。
嘘をついたり、自らを正当化しようと思う時の人間の顔は自然とゆがみ
その目は濁っています。瞬間的に「醜い」と思うものです。

さて、全ての政治家やそれに関係する人々に「聖人君子」を期待するものでありません。
しかし、政治を志し、政治に関わっている以上は、
もう一度自らを顧みる、良い機会ではないでしょうか?

新潟県知事も色々なことを言われています。秀才です。
しかし、「人としての基本」ができていないのでしょう。
だから、批判以上の批判が浴びせられるのです。

落選しましたが現知事が当選した時に対抗馬だった方に期待したことがありました。
それは、対抗馬の方が知事になれば「県庁職員の意識が変わる」と思ったのです。
「県庁職員の意識」が変われば、市町村長や議員さん達の意識も変わる。
そうなれば新潟県民たちも意識が変わっていく。
好循環を生み出し得るのはその人以外にはいない。と思ったのです。
そう思いました。その対抗馬となった方はとても「特殊なカリスマ性」があったからです。

しかし、新潟県民が選んだのは現知事でした。
2期目くらいまではボロを出さずに県民をだますことができました。
しかし、時間が経つほどに色々なことが出てきました。
まだ、新潟県民はそのことに気がついていないのだと思います。

現知事は秀才です。秀才とは人を人とも思わずに見下す人です。
しかし、私がこの人と思った対抗馬は「天才」です。
「天才」とは自らを鏡に写して物事を考えることができる人です。
新潟県でもっとも身近だっのが「田中角栄氏」でしょう。田中は天才です。

桝添氏はもう二度とマスコミや政治の世界に顔を出すべきではありません。
厚顔無恥とまで言われたのです。
歴史に汚点という名前を残しただけで立派なものです。

明石家さんまの生き方とは対象的でとても面白いと思いました。
明石家さんまは「明日の朝起きて、生きていればもうけもんや」という生き方です。
立派な人生観であり人生訓だと思います。

偉そうなことを書きつづりましたが、越後OYAJIは桝添氏や現新潟県知事を
ものすごくちっちゃくした位の人間です。他人もことをとやかく言えるような人間でありません。
勿論。批判や批評できる立場ではないのです。
このことが自らを鏡にうつした、私なりの結論です。

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Posted by 越後OYAJI at 11:26Comments(2)

2016年06月16日

ICHIRO SUZUKI という人


大リーガー、イチローがまたすごい記録を達成した。

越後OYAJIは「スポーツおんち」で興味もあまりないのですが、イチローはすごいicon06icon06face05face05icon06icon06

イチローのバッティングのイメージ


何がすごいのかと言うと、イチローの「スポーツ」ひいては「人生」に対する姿勢が良い。
生き様が素晴らしいということです。

とてもストイックで、記録などという瑣末なことらこだわれず、野球というスポーツと
野球という職業と、彼の生き方と価値観が多くの人々に感動を与えるのだと思う。

当地ではイチローは「神=カミ」と呼ばれるほどになっていて、
大リーグはじめアメリカ野球界の尊敬のまとになっている。
日本の野球ファンや野球少年達にどんなに良い影響を与えているのだろう。

こういう生き方をしている人は「引き際」も美しいものだ。
自分で限界を察したらさっさと引退して二度と野球界に顔を出さないかもしれない。
スポーツの美学、男の美学を知っているような気がする。

とにかくイチローは越後OYAJIも尊敬する人物です。

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Posted by 越後OYAJI at 10:33Comments(2)