2022年03月22日

春が近いかな(^o^)


春分の日が過ぎました。

少しずつ春めいてきた新潟市です。

しかし、暖かい日と寒い日が交差するような日々が続いています。

「三寒四温」 丁度この時期にふさわしい言葉ですね。

自然は「神の法則」により支配されているのを実感するのがこの季節です。
多くの植物が「神の法則」に則り命を取り戻すかのように成長しています。

定点観察している近所の畑の様子です。

梅の花が咲きだしました。この梅は実をつける梅です。
新潟市内では花を見る梅はすでに満開になっているところが随所に見受けられます。


ネコヤナギも花が咲きました。
花穂のうちは「もふもふ」として気持ちが良いですね(^o^)


フキノトウも成長しています。


新潟では「桜」と同時に白い花をつける「ユキヤナギ」の葉も成長しています。


水仙は葉が成長しています。もうじき咲き出しそうです。
日当たりの良い処ではすでに咲いています。


我が家の「乙女椿」です。
花芽が大きくなりだんだんとピンクが濃くなっています。


今日の新潟市内は2月頃の気温にまで下がっています。寒い日です。

春はまるで音をたてるかのように確実に近づいていますが・・・・・

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Posted by 越後OYAJI at 15:02Comments(0)

2022年03月22日

どんどんかわっていくなぁ~


新潟市内を走り回っているつもりでいる越後ojijiです。

最近、街の変化が激しくなっています。

ちょっと見ない間に色々な変化が起こっています。

新潟市内最大規模の宿泊室数を誇るアパホテルが開業しました。
新潟駅前(流作場五差路)に大きな大きなホテルができたのです。
駅から見た景色が大きく変わりました。




新潟駅も高架化に伴い大きく変わりました。

また新潟駅と白山駅の中間に「上所駅」という新駅ができるそうです。

新潟駅周辺も大きく変わっています。

古町の旧大和百貨店跡に作った大型商業施設もほぼ完成し柾谷小路側がきれいになりました。
それに伴いバス停が移動したりしています。

街中のいたるところが更地にされています。
「つい先日まで建物が建っていたよな」と思っていたら、
更地になっているなどということが日常茶飯事になっています。

最近驚いたのが東区上王瀬町にあったJFE精密新潟工場跡地が更地になっていたことです。




大きな土地です。
今後再開発されるのでしょうが、どんな風になっていくのでしょうね❔

新しい建物が建ったり、新しい施設ができたり、いままであったものが「あっという間に」消え去ったり・・・
何かと変化の激しい新潟市です。

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Posted by 越後OYAJI at 14:31Comments(0)

2022年03月17日

大地震とウクライナ戦争





昨夜11時36分頃に福島県沖を震源とする大地震が発生しました。
太平洋側では最大震度は「震度6強」でした。
3月17日午前5時に解除されるまで津波注意報も出されました。
県内では魚沼地区で震度5弱が記録され県内各地で震度4~2程度が観測されました。
越後ojijiが生活する新潟市中央区では震度4でした。
「ふら~っと」して眩暈でもしたのかな・・・と思っていたらフラフラと揺れてきました。
長い横揺れでした。縦揺れの方が地震の揺れだとわかりやすいですが
今回のような揺れは気持ちが悪くなる揺れでした。

東北地方では大きな被害が出ています。
人的被害は最小限のようです。
お亡くなりになったり、けがをした方々にお見舞い申し上げます。

東北新幹線は被害が大きいようです。
また各インフラも大きな被害が出ています。

新潟県内では目立った被害は無いようです。

11年前の「東日本大震災」を思い出しました。
つい数日前の3月11日に11年前を思いつつ14時46分に「黙とう」捧げたばかりでした。
まさかその数日後に大地震がそれも同じような場所で起こり、
同じような被害が出ることを想像すらしませんでした。

夏目漱石の弟子で物理学者の寺田寅彦は「天災は忘れたころにやってくる」という名言を残しました。
まさに思いもしない時に大地震が起きました。
「心の準備と被害の準備は常に心掛けなければならない」
などと偉そうなことを日々のたまわっている越後ojijiですが、昨夜の地震は本当に驚きました。

今回の大地震での被害が最小限であることを願い。
不安の中で過ごしている方々の心の平安をお祈りします。

一方、「ウクライナ戦争」です。
ロシアによる一方的な「犯罪的戦争」と言われています。

武器を持たない一般市民が虐げられているという報道を毎日耳にします。

自然災害などでつらい思いをするのはいつも女性や子供、高齢者です。
戦争でも同じことなのですが、戦争の場合は人為的に苦しめられるわけですから許されません。

日本国もかつて他国を侵略して他国民に大きな被害と禍根を残したという暗黒歴史をもっています。
その反省から平和憲法を制定して、現在まで平和に過ごしてこれました。

ロシアという超大国が武力をもって、
さらに許されないことに「核武力」も行使するかのような
脅しをかけて「弱者」を虐げています。

ロシアは「孤立すること」を望んではいないでしょうから「世界中の反戦大合唱」で
ロシアに自制を求めることしか方法がないように思います。

大統領という絶大な権力をもつ「一個人」の間違ったかじ取りが世界を震撼させます。
戦争被害を受けている方々の平安と一刻も早い戦争終結を祈りたいものです。

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Posted by 越後OYAJI at 13:47Comments(0)

2022年03月01日

何故かこの時期に食べたくなります②


何故か?この時期に食べたくなります。

不思議なのですが毎年この時期になると無性に食べたくなるのです。

加茂市にある小さな弁当店の「唐揚げ弁当」です。

加茂市の「みのり弁当」の「唐揚げ弁当」(490円)です。


大き目の鶏唐揚げ5個・懐かしの赤ウィンナー・車麩、玉蒟蒻、竹輪の煮しめ・蒲鉾・柴漬け。


昔ながらの包装形態です。


仕事で加茂市まで行きました。いつもは仕事先でお昼をいただくのですが、
この日は無性にこの弁当が食べたくて少し遠回りして買い求めました。

私がこの弁当を知ったのはかれこれ10数年前でしょうか(^o^)
そのころは400円だったような気がします。その後450円になり現在は490円です。
油や食材が高騰するなかで今でもこの価格を維持しているのには頭が下がります!(^^)!

先回、ほっともっとの「のり弁当」を無性に食べたくなる時がある。という記事を書きました。
この「唐揚げ弁当」も同じ位置づけです。時々食べたくなります。

特別に特徴のある弁当ではありません。しかし記憶に残る味なのです。
何故か懐かしくて美味しいのです。

数年前のことですが東京までの出張の帰りに国道8号線から加茂市に向かい、
この弁当を購入した記憶があります。
見た目には大したことがなくても人の心を揺さぶり満たす「食」があることを実感させます。

加茂市まで「県道1号線」で信濃川沿いを車で走りました。
信濃川沿いはまだまだ冬と春が混在していました。

春の田起こしを待つ一面茶色のたんぼです。


まだ雪の残るたんぼです。


今日から3月。
暖かい日が少しずつ近づいています。

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Posted by 越後OYAJI at 13:55Comments(0)