2018年09月10日

「夏目漱石」と「百日紅」


「百日紅」を「さるすべり」と読むことを知ったのは随分と大人になってからです。

ましてやこれが「さるすべりの花」なんだと知ったのはついつい最近といっても過言では無いのです。

勿論、毎年のように「さるすべりの花」を目にしていました。
つまり全然気になっていなかったということです。
「さるすべり」という植物の名前と「さるすべりの花」が一致したのは50歳を随分と過ぎてからです。
それまでは「さるすべり」という植物にほとんど興味がありませんでした。

「百日紅」を「ひゃくにちこう」と読んでいました。それは夏目漱石の文学からでした。

中学生の後半から高校生にかけての頃に「夏目漱石」の作品を読みまくっていました。
夏目漱石の作品の中に「百日紅」という漢字が何度もでてきました。
文脈から植物の名前であることはわかりました。
しかし、この植物の名前が「百日紅=さるすべり」とはわかりませんでした。
単純に「ひゃくにちこう」と読んでいました。

高校生を終える頃までに漱石文学のほとんどを読み終えました。
今流の言葉を使えば「はまってしまった」のです。
代表作である「坊っちゃん」や「我が輩は猫である」。三部作と言われる「三四郎」・「それから」・「門」
「虞美人草」「彼岸過ぎまで」「こころ」などなど、、、ほとんどは古本屋で買った文庫本でした。
読解力がある方ではないので内容を全て理解して読んだわけではありません。
「百日紅」を「ひゃくにちこう」と読んでいた位ですから(笑)
しかし、日本を代表する文学者の作品に接することができたのが嬉しかったのです\(^o^)/
その頃に思ったのが大人になったら「岩波の『夏目漱石全集』を買って本棚に飾るんだ」・・・・
恥ずかしい話、まるで現実になっていません。
本棚どころか文庫本は段ボール箱にいっぱい詰まっています(笑)

夏目漱石は江戸っ子です。
江戸から東京に変わる頃に江戸の町に「さるすべり」は多かったのでしょう。
状況表現の一手法として植物を使う場合、漱石にとっては「百日紅」が身近だったのだと思います。

さるすべり
百日紅は咲き始めてから百日もの長い間花をつけ続けるということで付けられたとも言われてます。
百日の百という数字は象徴的な数字で百日というのは「長い間」という意味です。
7月頃から花をつけては散って、散ってはまた花をつける。私達の目を楽しませてくれる花です。
本日は9月10日です。まだまだサルスベリは咲いています。




夏目漱石は小説家というイメージですが、俳人であり漢学者でもありました。
東大で「英文学」学んで英国留学を経て東大で教鞭をとって作家になりました。
漢学は現在の二松学舎大学の前身である「二松学舎」で学びました。

また親友である「正岡子規」に影響を受け俳句も多く詠んでいます。
「百日紅=さるすべり」を読んだ句もあります。
"杉垣に昼をこぼれて百日紅"などがあります。

「さるすべり」は「猿滑り」のことだ。という説もあります。
樹の表面がつるつるしていて「猿が登るとすべってしまいそうだ」と言う意味だそうです。
見た目は確かにすべりそうです(笑)

若い頃に一生懸命になって読んだ漱石作品。大人になってから読み返したのは数作品です。
また、漱石ゆかりの地である「道後温泉」に行ったり東大の「三四郎池」に行ったりはしました。
また漱石について色々と調べたりとしました。
しかし、ほとんどそれらは身についていません。。。。。

外国人に調査すると日本を代表する文学者は「夏目漱石」である。
という人が多いそうです。そして漱石文学で一番馴染みがあるのは「こころ」だそうです。
漱石の「こころ」は外国では大学の教材になっていて、日本を学ぶ外国人の多くが
その作品にふれるのだそうです。
越後OJIJIは「こころ」を何度も読み返しましたが、未だにこの作品の本質を理解していません。
漱石読みの漱石知らず。。。。それが越後OJIJIなのです。「ひゅくにちこう」ですからねぇ~。。。

えちごおやじ 越後OYAJI 越後おやじ 越後親爺 エチゴオヤジ ECHIGO OYAJI  えちごOYAJI 



Posted by 越後OYAJI at 21:47│Comments(0)
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